Rodgers & Hart, Hammerstein II collection & Favorite movies.
ロジャース&ハート、ハマースタイン2世作品集&フェヴァリット映画


R&H・Favorite Movies

〜ミュージカルへの誘い〜

イギリスからアメリカへと発達を遂げたミュージカルは、アメリカを代表する文化的遺産の一つで、数多くの作品が世界各国で上演され、当初はヨーロッパ風のオペレッタ、コミカルなものから豪華絢爛なコスチュームの美女の歌や踊りのレビューが主体の娯楽的作品でした。
その後、ミュージカルの概念に変化を来たし、今までにない画期的な作品が誕生するようになり、ミュージカルの歴史に新しい時代が到来、その代表的な作品は1920年代に作家エドナー・ファーバーの「ショー・ボート」で、この小説を読んだ当時の作曲家の「ジェローム・カーン」がミュージカル化を決定。(映画化は、1929年、36年、51年と3作に及ぶ)
この作品の大成功でアメリカのミュージカルの新たな活路が開かれ、今までのコメデイからシリアスなリアリテイある作品がつくられるようになったのです。考えてみれば西欧諸国だけでなく東洋にも独自の音楽劇があって、インドの舞踊もあれば、中国の京劇、日本には歌舞伎などがあり、物語を歌や踊りで表現するオペレッタはミュージカルそのものと言えるでしょう。

ニューヨークの裕福なドイツ系ユダヤ人ビジネスマンの父は、息子をビシネスの世界に進むことを望んだが、ジェローム・カーン(Jerome Kern)(1885年〜1945年)は音楽の道を選び、シート・ミュージック産業が絶頂期を迎えつつあったティンパン・アレーでソング・プラッカー(店頭でピアノを弾いたり歌ったりしながら楽譜を販売したり、曲を売り込む仕事)をしながら、作曲家としての活動を始めた。1914年、イギリス産のミュージカル「ユタから来た娘」のために書いた「They Didn't Believe Me」が大ヒットして作曲家としての名声を確立し、1915年から、脚本家のガイ・ボルトンと組んでプリンセス劇場のショーを始めた。

このプリンセス劇場のショーが、現在のブロードウェイ・ミュージカルの始まりとされており、それまで盛んだったウィーンのオペレッタやイギリス産のミュージカルではなく、アメリカの日常社会を描いたアメリカ産の新しい演劇形態を確立し、その、ひとつの集大成が前述した1927年の「ショー・ボート」であった。 ジェローム・カーンはこうした功績から、また、類まれなるメロディー・メイカーであったことから、アメリカ・ミュージカルの祖と言われている。


Richard Rodgers & Lorenz Hart, Oscar Hammerstein II "Collection"/リチャード・ロジャース&ロレンツ・ハート、オスカー・ハマースタイン二世作品集


ミュージカルの代表作と言えば、ロジャース&ハマースタイン二世コンビ(R&H)の作品は、とりわけ素晴らしい!「ブロードウェイ・ミュージカル」の歴史の中で最も大きな貢献をした作曲家として高く評価をされており、それまでのミュージカルを娯楽性主体から芸術性に向上させた功績はきわめて大きく、コンビの歌曲はメロデイーがきらめくように美しく、ミュージカルから多くのヒット・ソングが生まれ、ハリウッド黄金時代を彩った彼らのミュージカルには多くの名曲が生まれた。

リチャード・ロジャース(1902〜1979)はユダヤ系の開業医の父、アマチュアのピアニストを母に1902年、ニューヨークに生まれ、6歳の時から母にピアノの手ほどきをうけ、2年後の8歳の時に奇病で右手の指の切断をしなくてはならないという危機に遭遇するが父の迅速で適切な対応で事なきを得たと言う。その後ピアニストを目指し、ミニ・コンサートなどで演奏をしたこともあったが、14歳の時に母にブロ−ドウェイのプリンセス・シアターで初めてミュージカルを見るや夢中になり6回も見たそうである。

ロジャースはオペラやシンフォニーに興味を持ちメトロポリタン歌劇場の入場券を買ってもらったり、小遣いでカーネギー・ホールに出かけ、将来目指すようになったのはミュージカルやオペレッタの作曲であった。 ある日、コロムビア大学の学生であった兄の同級生のロレンツ・ハート(1895〜1943)と知り合い、ソフィスティケィトな歌詞を書いてた7歳も年長のハートにすっかり意気投合して大学の学園ショウのために曲を書いたりした。
ロジャースとハートが作った歌のなかに、「エニー・オールド・プレイス・ウイズ・ユー」は、「ひとりぽっちのロミオ」(1919年)に使われ、「可愛そうな金持ち娘」(1920年)には7曲が使われた。

それから4年後、ロジャースはコロムビア大学を卒業し、ジュリアード音楽院で作曲法を学んだ。ハートは翻訳上演されるウイーン・オペレッタの訳詞をしたりしていた。その後、「メロディ・マン」というミュージカルを合作したが、ハートの知的な歌詞に注目した劇団「シアター・ギルド」から企画中のショウの為の注文が舞い込む。
このショウはレヴューで、25週、211回のロングランになった。 このショウの為に書かれた10数曲の中で「マンハッタン」は上演中にヒットしたばかりでなく、ロジャースとハートの最初のスタンダード・ナンバーになったのであった。この作品「ギャリック・ゲイエティーズ」(The Garrick Gaieties)(ニューヨーク公演、1925/6/8 ギャリック(Garrick)劇場、211回)は、1926年に続編が上演された。

ロレンツ・ハートとの作品集

◆1925年「最愛の敵兵」(DEAREST ENEMY)
ニューヨーク公演(1925/9/18開幕) ニッカーボッカー(Knickerbocker)劇場(286回)

◆1926年「ペギー・アン」(Peggy -Ann)
ニューヨーク公演(1926/12/27開幕) ヴァンダービルト(Vanderbilt)劇場(333回)

◆1927年「コネティカット・ヤンキー」(A CONECTICUT YANKEE)
ニューヨーク公演(1927/11/3開幕) ヴァンダービルト(Vanderbilt)劇場(418回)
(映画邦題:「愉快な騎士道」1931年、「夢の宮廷」1949年)

◆1926年「ガール・フレンド」
◆1926年「ベッツィー」
◆1928年「ささげ銃」
◆1928年「彼女は恋人」
◆1928年「チー・チー」
◆1929年「スプリング・イズ・ヒア」
◆1929年「ヘッズ・アップ」
◆1930年「シンプル・サイモン」
◆1931年「アメリカの恋人」など。

ハリウッドの映画会社は、1929年にはサイレントからトーキーに切り替え、ブロードウェイのミュージカル・スターがハリウッドに招かれた。 ロジャースとハートのミュージカルの「ささげ銃」、「スプリング・イズ・ヒア」が映画化され、1932年にパラマウントに招かれた。フランスからパラマウントのスターに呼ばれたモーリス・シュバリエと美貌のソプラノ歌手、ジャネット・マクドナルドの共演で「今夜は愛して頂戴ナ」(1932年)が作られ、主題歌の内、”恋人”、”ロナンテックじゃない?”は大ヒットした。

次に製作されたジョージ・コーハン主演の「お化け大統領」(1932年)、アル・ジョンソン主演の「風来坊」(1933年)は社会風刺を狙った作品であった。
次にMGMと契約したが作品に恵まれず、パラマウントに戻ってビング・クロスビー主演の「ミシシッピー」(1935年)に曲をかいた。この間、イギリスに招かれ、ジェシー・マシューズ主演したミュージカル「エヴァグリーン」(1934年)が映画化され、「永遠の緑」の題名で1935年に公開され”ダンシング・オン・ザ・シーリング”が大ヒットした。

MGM「男の世界」(1934年)の主題歌として書いた”誰の心にもある悪”は、(当初、”祈る人”と題名がつけられた)映画では主演女優が口ずさんだだけで目立た存在にならず、後に歌詞を変更した”ブルー・ムーン”は1935年アメリカ音楽界で最大のヒットとなった。

ロジャースとハートがかかわた映画に10本ほど有るが、満足に至らず1934年ブロードウェイに帰り、
◆1935年サーカスを舞台にした「ジャンボ」
◆1936年モダン・バレーの「オン・ユア・トーズ」
◆1936年「ザ・ショウ・イズ・オン」
◆1937年「ベイブス・イン・アームズ」
◆1937年「私は正しくありたい」
◆1938年「私は天使と結婚した」
◆1938年シェークスピアの「間違いの喜劇」をミュージカル化した「シラキーズから来た男たち」
◆1939年「女の子が多すぎる」
◆1940年「ハイアー・アンド・ハイアー」
◆1940年「パル・ジョイ」
◆1942年「ジュピターにかけて」などなど。

話題作を次々と発表し、これら作品の中でテーマ曲でスタンダード・ナンバーは20曲以上にのぼり、”小さなホテル”、”レディ・イズ・ア・トランプ”、”愛しのバレンタイン”など。

ロレンツ・ハート(1895〜1943)が病い倒れ、1920年から続いたパートナーを失うことになるが、新しいコンビの相手オスカー・ハマースタイン二世が現れチームとして数々の名曲が生まれた。

オスカー・ハマースタイン二世は、ミュージカルの世界ではロジャースの先輩で、1920年代にオペレッタに近い「ローズ・マリー」(1924年)、ブロードウェイ・ミュージカル最初の傑作「ショー・ボート」(1927年)などの台本を書いていた。
コンビの第一作は「オクラホマ!」(1943年)で、この作品は1930年代にガーシュインの野心的オペラ「ポギーとベス」(1935年)を上演した進歩的な演劇集団「シアター・ギルド」の企画で、開拓時代の農民の生活を描き郷土愛を謳いあげたもので画期的は大ヒットとなった。

1949年、新作ミュージカル「南太平洋」の打ち合わせで、演出家のジョシュア・ローガンとハマーステイン二世は、ロジャースの家で食後のコーヒー・タイムの時にハマーステイン二世は、ロジャースに歌詞を渡すと、彼は暫く目を閉じ、すぐさま紙ナプキンにアッと言う間に音符を書き連ねピアノい向かって演奏したそうだ。こうして”バリハイ”が生まれたと言う。
ロジャースとハマースタイン二世は、1950年代の終わりまでの17年間に傑作を次々と書いて名実共にブロードウェイ・ミュージカル界に君臨し、1990年3月、「46丁目劇場」は「リチャード・ロジャース劇場」とその名を変えた。長年の功績の賜である。


オスカー・ハマースタイン二世との作品集・公演状況
1943年「オクラホマ!」(Okulahoma!) ニューヨーク公演(1943/3/31開幕)
セント・ジェイムズ(St.James)劇場(2212回)
1945年「回転木馬」(Carousel) ニューヨーク公演(1945/4/19開幕)
マジェスティク(Majestic)劇場(890回)
1945年「アレグロ」(Allegro) ニューヨーク公演(1947/10/10開幕)
マジェスティク(Majestic)劇場(315回)
1949年「南太平洋」(South Pacific) ニューヨーク公演(1949/4/7開幕)
マジェスティク(Majestic)劇場(1925回)
1951年「王様と私」(The King and I) ニューヨーク公演(1951/3/29開幕)
セント・ジェイムズ(St.James)劇場(1246回)
1953年「私とジュリエット」(Me and Juliet) ニューヨーク公演(1953/5/28開幕)
マジェスティク(Majestic)劇場(358回)
1955年「パイプ・ドリーム」(Pipe Dream) 1955/11/30開幕(246回)
1958年「フラワー・ドラム・ソング」(Flower Drum Song) ニューヨーク公演(1958/12/1開幕)
セント・ジェイムズ(St.James)劇場(600回)
1959年「サウンド・オブ・ミュージック」(Sound of Music) ニューヨーク公演(1959/11/16開幕)
ラント=フォンタン(Lunt-Fontanne)劇場(1443回)
Majestic Theatre(247 West. 44th Street, New York, NY 10036,Built: 1927)
St. James Theatre (246 W. 44th Street, New York, NY 10036)
Lunt-Fontanne Theater(205 West. 46th Street, New York, between Broadway & 8th Avenue)


この他に、2度目の共同作業(音楽、歌詞、シナリオ)に唯一のオリジナルのミュージカル映画「ステート・フェア」(STATE FAIR)があり、テレビ用に書いた「シンデレラ」(1957年)がある。ハマースタインUには、ビゼーの歌劇「カルメン」を黒人世界に翻案した「カルメン・ジョーンズ」があり、1954年に20世紀フォックスで映画化された。

1960年、最高のパートナーを失ったロジャースは、
◆1962年「「ノーストリングス」
◆1965年「ワルツがきこえる?」
◆1970年「トウー・バイ・トウー」
◆1976年)「「レックス」
◆1979年ママの想い出」など作曲するがハマーステインとのコンビ時代の作品ほどヒット作もなく、1979年12月30日77歳で帰らぬ人となった。


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ステート・フェアー(State Fair)


原作者のフィル・ロジャースの小説で1933年に映画化され、この作品はハマースタイン2世とロジャースの唯一のオリジナルのミュージカル映画で1945年に製作された。
アイオワ州に住むフレイク一家のホームドラマのミュージカル化で、曲は「It Might as Well Be Spring 」、「It's a Grand Night for Singing」など。(マージー「ジーン・クレイン」の歌の吹き替えは(ルアンヌ・ター)、1962年にリメイク、トム・イーウェル、アリス・フェイ、パット・ブーンなどが出演。
アメリカ映画(1945) color 100mins.
「cast」
ジーン・クレーン
ダナ・アンドリューズ
ディック・ヘイムス
ヴィヴィアン・ブレイン
チャールズ・ウィニンガー
「staff」
製作:ウイリアム・パールバーグ
監督:ウォルター・ラング
脚本・作詞:オスカー・ハマースタイン2世
作曲:リチャード・ロジャース
撮影:レオン・シャムロイ

SONGS:(Our State Fair),(春の如く/It Might as Well Be Spring),(It's a Grand Night for Singing),(That's for Me),(Isn't It Kinda Fun?),(All I Owe Ioway)

"State Fair" Special Page
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オクラホマ!(Oklahoma!)


1943年ブロードウェイ初演の作品「オクラホマ!」で、リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン2世はこの時初めて顔を合わせ、リン・リグズの戯曲「ライラックは緑に育つ」(1931年)をもとに、音楽が作られ、舞台で上演回数の記録を打ちたて国内公演が終了後、20世紀フォックスで公開された。シャリー・ジョーンズは映画初出演。
アメリカ映画(1955) color 145mins.
「cast」
ゴードン・マクレイ
シャリー・ジョーンズ
グロリア・グレアム
シャーロット・グリーンウッド
エディ・アルバート
「staff」
製作:アーサー・ホーンブロウJr.
監督:フレッド・ジンネマン
脚本:ソニア・リヴィー&ウイリアム・ラドヴィック
作曲:リチャード・ロジャース
作詞:オスカー・ハマースタイン2世
振付:アグネス・デミル
撮影:ロバート・サーデーズ

SONGS:(美しい朝/Oh, What a Beautiful Mornin'),(飾りのついた四輪馬車/The Surrey With the Fringe on Top),(いやといえない/I Can't Say No),(Many a New Day),(粋なうわさをたてられて/People Will Say We're in Love),(哀れなジャド/Pore Jud),(私の夢から/Out of My Dreams),(農夫と牧童/The Farmer and the Cowman),(すべてが無か/All er Nothin'),(オクラホマ/Okulahoma)

"Okulahoma!" Special Page
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回転木馬(Carousel)


リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン2世、(R&H)コンビの映画化された6つのミュージカル作品のうちの2番目の映画化である「回転木馬」はフェレンツ・モルナールの戯曲「リリオム」をもとに作られ、1890年代の漁村が舞台、主役に「オクラホマ!」主役のゴードン・マクレエとシャーリー・ジョーンズが再共演。
アメリカ映画(1956) color 128mins.
「cast」
ゴードン・マクレイ
シャリー・ジョーンズ
キャメロン・ミッチェル
バーバラ・ルーイック
クララメェ・ターナー
「staff」
製作:ヘンリー・エフロン
監督:ヘンリー・キング
脚本:ヘンリー&フィービー・エフロン
作曲:リチャード・ロジャース
作詞:オスカー・ハマースタイン2世
振付:ロッド・アレクサンダー&アグネス・デミル
撮影:チャールズ・クラーク

SONGS:(回転木馬のワルツ/Carusel Waltz),(You're a Queer One, July Jordan),(Mr.Snow),(もしも君をし愛したら/If I Love You),(6月は一斉に花開く/June Is Bustin' Out All Over),(子供達が眠ったら/When the Children Are Asleep),(ひといごと/Soliloquy),(A Real Nice Clambake),(What's the Use of Wond'rin?),(ひとり行く道/You'll Never Walk Alone)

"Carousel" Special Page
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王様と私(The King and I)


多くの作品の中で「王様と私」は、すぐれたミュージカル映画と評価は高く、イギリスのミュージカル・スターのガートルード・ローレンスが映画「アンナとシャム王」(Anna and King of Siam)(1946年FOX)に感激して、リチャード・ロジャースにミュージカル化を薦めて実現したそうである。
原作は19世紀のなかばシャム王の王子たちの家庭教師として招かれたイギリス夫人アンナ・レオノエンスの日記をもとに書かれたマーガレット・ランドンの小説。
気位の高いイギリス婦人とシャム王の人間的ふれあいを描いて、傑出したミュージカル手法により映画化されたロジャースとハマースタインの「王様と私」(1956年)は、何時の時代にも通用する色褪せしない傑作。
アルフレッド・ニューマンの率いる大編成のオーケストラはシャムの民族的な個性を音楽的に表現し、迫力ある豊かな感情表現で楽しませてくれ、子供たちの授業の中で歌う「Getting to Know You」や王様とアンナが踊る「Shall We Dance」は本当に楽しいシーン。
デボラ・カーが歌う「Hello,Young Lovers」は、マニー・ニクソンとの合成で、他はすべて彼女自身とのこと。
この映画はフィルム幅が55mmで撮影され、従来の35mm方式は、クローズアップの時に歪(収差)や解像力などの画質の問題があって開発された55mm方式はより鮮明な映像が得られた。
以前にスペシャルコレクション(製作40周年記念復元版)として、発売された「王様と私」(THX-LD)は、高画質、高音質でオリジナル55mmインターポジからテレシネ、アナログ音声に歌なし音楽が収録され、ドルビーデジタルは、オリジナル4チャンネル磁気ステレオ素材からドルビーデジタル化された。
アメリカ映画(1956) color 133mins.
「cast」
デボラ・カー
ユル・ブリンナー
リタ・モレノ
テリー・サンダース
「staff」
製作:チャールズ・ブラケット
監督:ウォルター・ラング
脚本:アーネスト・リーマン
作曲:リチャード・ロジャース
作詞:オスカー・ハマースタイン2世
音楽監督:アルフレッド・ニューマン
撮影監督:レオン・シャムロイ

SONGS:(I Whistle a Happy Tune),(シャムの子供達の行進/March of the Siamese Children),(Hello,Young Lovers),(A Puzzlement),(Getting to Know You),(木陰のくちづけ/We Kiss in a Shadow),(Something Wonderful),(The Small House of Uncle Thomas),(王様の歌/Song of the King),(Shall We Dance)

"The King and I" Special Page
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南太平洋(South Pacific)


1958年、20世紀フォックス社が製作したドットAO、70mmフィルムの「南太平洋」(South Pacific)は精彩なスクリーンとコンビ(R&H)の美しいメロディーはとても素晴らしい。
この作品は、作家ジェームス・A・ミッチナーの戦争体験をもとに書かれた短編集「南太平洋物語」を「ロジャースとハマースタイン二世」がミュージカルに仕立て、ジョシュア・ローガンが演出。
ストーリーは看護婦ネリーとの農園主エミールとのロマンス、アメリカ海軍士官とポリネシア娘との恋、また、人種偏見などが描かれているが「南太平洋」は、ミュージカル映画の大傑作!
「王様と私」と同じスタッフで製作され音楽監督にアルフレッド・ニューマン、オーケストラ編曲はエドワード・パウエルとバーナード・メイヤーズ。ブロードウェイのオリジナル・キャストはメリー・マーテイン、エンツィオ・ピンザ、映画ではミッツィ・ゲイナー、ロッサノ・ブラッツィーが出演し、ロケはハワイのカウアイ島で撮影された。
アメリカ映画(1958) color 171mins.
「cast」
ロッサノ・ブラッツィー
ミッチー・ゲイナー
ジョン・カー
レイ・ウォルストン
ファニタ・ホール
フランス・ニュイエン
ラス・ブラウン
「staff」
製作:バディ・アドラー
監督:ジョシュア・ローガン
脚本:ポール・オズボーン
作曲:リチャード・ロジャース
作詞:オスカー・ハマースタイン2世
振付:ルロイ・プリンツ
撮影:レオン・シャムロイ

SONGS:(Blood Mary),(There Is Nothin' Like a Dame),(Bali Ha'i) ,(A Cock-Eyed Optimist),(Twin Soliloquies),(魅惑の宵/Some Enchanted Evening),(Dites-moi 'Tell Me Why'),(I'm Gonna Wash That Man Right Outa My Hair),(A Wondeful Guy),(Younger Than Springtime),(Happy Talk),(Honey Bun),(My Girl Back Home),(You've Got to Be Carefully Taught),(This Nearly Was Mine)

"South Pacific" Special Page
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サウンド・オブ・ミュージック(Sound of Music)


1959年にブロードウェイで初演された「サウンド・オブ・ミュージック」は「菩提樹」をもとにしたものでトラップ一家がアメリカへわたり17年間、活躍を続ける物語で、舞台での主役はメリー・マーティンであったが映画はジューリー・アンドリュースになった。
オスカー・ハマースタイン2世とリチャード・ロジャースは、1938年オーストリアの家庭教師のマリアとトラップ大佐と7人の子供たちの実話の物語をテーマにナチスの侵略を逃れスイスの自由を求めてアルプスを越える作品に仕上げ、この作品はハマースタイン2世とロジャースの最後の作品となり、9本の舞台作品の内6作目で公開当時、最も人気を呼び、最高の収益を上げた。ノンベルク修道院の院長ペギー・ウッド(マ−ジョリー・マッケイが吹替)の"Climb Ev'ry Mountain"は秀逸!
アメリカ映画(1965) color 174mins.
「cast」
ジューリー・アンドリュース
クリストファー・プラマー
エリナー・パーカー
リチャード・ヘイドン
ペギー・ウッド
チャーミアン・カー
ビル・ベアード
「staff」
製作・監督:ロバート・ワイズ
脚本:アーネスト・リーマン
作曲:リチャード・ロジャース
作詞:オスカー・ハマースタイン2世
振付:マルク・ブロー&ディーディー・ウッド
撮影:テッド・マコード

SONGS;(The Sound of Music),(How Do You Solve a Probrem Like Maria),(I Have Confidence in Me),(もうすぐ17歳/Sixteen Going on Seventeen),(私のお気に入り/My Favorite Thing),(Do Re Mi),(ひとりぽっちの山羊飼い/The Lonely Goatherd),(Edelweiss),(So Long,Farewell),(How Can Love Survive?),(すべての山に登れ/Climeb Ev'ry Mountain),(何かよいこと/Something Good)

"Sonud of Music" Special Page
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ワーズ・アンド・ミュージック(Words and Music)


この映画は、二人のソング・ライターの出会いから始まりブロードウェイやロンドンでも数々の成功をおさめる物語で、場面にはリナ・ホーンの「いつかどこかで」やジーン・ケリーとヴェラ・エレンの「10番街の殺人」のダンス・シーン、またジュディ・ガーランドとミッキー・ルーニーのはち切れんばかりの「アイ・ウィシュ・アイ・ワー・イン・ラヴ・アゲイン」(I Wish I Where in Love Again)などが楽しい!
アメリカ映画(1948) color 121mins.
「cast」
ジューン・アリスン
ペリー・コモ
ジュデイ・ガーランド
リナ・ホーン
ジーン・ケリー
ミッキー・ルーニー
アン・サザーン
トム・ドレイク
シド・チャリース
「staff」
製作:アーサー・フリード
監督:ノーマン・タウログ
脚本:フレッド・フィンクルホフ
作曲:リチャード・ロジャース
作詞:ロレンツ・ハート
振付:ロバート・アルトン、ジーン・ケリー
撮影:チャールズ・ロシャー、ハリー・ストラドリング

SONGS:(Manhattan),(There's a Small Hotel),(Mountain Greenery),(Where's That Rainbow?),(On Your Toes),(Thou Swell),(Where or When),(The Lady Is a Tramp),(I Wish I Where in Love Again),(Johnny One Note),(Blue Moon),(Spring Is Here),(Slaughter on Tenth Avenue),(With a Song In My Heart)


"Words and Music" Special Page
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フラワー・ドラム・ソング(Flower Drum Song)


この映画は、ハリウッドで唯一の中国系アメリカ人社会を描いたミュージカルで、原作がチン・Y・リーの小説をもとに製作された。 中国からやって来た「写真花嫁」(ミヨシ・梅木)がサンフランシスコの自由な生活に従順していく姿を描いている。
アメリカ映画(1961) Universal color 133mins.
「cast」
ナンシー・クワン
ジェームス・繁田
ミヨシ・梅木
ファニタ・ホール
ベンスン・フォン
ジャック・スー
レイコ・佐藤
「staff」
製作:ロス・ハンター&ジョゼフ・フィールズ
監督:ヘンリー・コスター
脚本:フレッド・フィンクルホフ
作曲:リチャード・ロジャース
作詞:オスカー・ハマースタイン2世
振付:ハーミズ・バン
撮影:ラッセル・メティ

SONGS:(You Are Beautiful),(A Hundred Million Miracles),(I Enjoy Being to a Girl),(I Am Going to Like It Here),(Chop Suey),(Don't Mary Me),(Grant Avenue),(Love, Look Away),(The Other Generation)

"Flower Drum Song" Special Page
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〜The Loyd THX Theater〜

〜R&H collection & Favorite movies〜